新宮山彦ぐるーぷ 平成23年度 行事一覧表
回 数 実 施 日 行    事    名 延参加者
第1544回 1月2日 新春初山行 禅舎ノ倉(Ⅲ・875.0m) 9名
第1545回 1月5日 行仙宿巡回と砂・バラス荷上げ 1名
第1546回 1月18日 行仙宿巡回と各所お札参上 1名
第1546-2回 1月23日 行仙宿巡回 3名
第1547回 2月13日 禅舎ノ倉別ルート 6名
第1548回 2月26日 行仙宿巡回と浦向道踏査 3名
第1549回 3月6日 白倉山(736m)・玉置山(777m) 3名
第1550回 03月19~20日 地蔵岳鎖場改修 15名
第1551回 03月16~31日 東日本大震災義援金 39名
第1552回 4月3日 持経宿巡回 1名
第1553回 4月7日 行仙宿ソーラーバッテリー交換 2名
第1554回 4月10日 玉置山~大人平山(Ⅲ・667.9m) 6名
第1555回 4月10日 平治宿巡回 1名
第1556回 4月17日 地蔵岳鎖補修 5名
第1557回 4月24日 行仙宿連休準備 3名
第1558回 04月29~05月1日 行仙宿連休管理と関連整備 18名
04月30~05月3日  〃       〃 4名
04月30~05月1日  〃       〃  4名 
05月01~02日  〃       〃 2名
05月03~05日  〃       〃 12名
05月04~05日  〃       〃 2名
第1559回 04月30~05月4日 持経・平治宿管理と関連整備 5名
第1560回 05月14~15日 行仙宿関連整備作業 11名
第1561回 05月16~17日 行仙宿関連整備作業 9名
第1562回 5月21日 行仙宿、天台寺門宗(27名)通過接待 5名
第1563回 5月24日 持経宿、平治宿巡回と接待準備 1名
第1564回 5月28日 行仙宿、熊野修験接待準備 3名
05月28~29日 行仙宿、熊野修験接待とサポート 12名
第1565回 05月28~29日 持経宿、熊野修験通過接待 4名
第1566回 5月31日 西山、標柱採取 1名
第1567回 6月7日 行仙宿巡回整備゛ 3名
第1568回 6月12日 十津川、点名:樫原(Ⅲ・535,0m) 3名
第1569回 6月15日 行仙宿ソーラー発電増補ほか 2名
第1570回 6月23日 行仙宿巡回 1名
第1571回 6月29日 行仙宿ソーラー発電改修とバッテリー増補 3名
第1572回 7月3日 池郷林道手入れ、両小屋巡回 4名
第1573回 07月09~11日 行仙宿・持経宿、竹林院接待と関連作業(2名) 6名
07月09~10日 行仙宿・持経宿、竹林院接待と関連作業(6名) 12名
07月10~11日 行仙宿・持経宿、竹林院接待と関連作業(4名) 8名
第1574回 07月23~24日 行仙宿巡回整備(3名) 4名
第1575回 7月31日 四ノ川林道補修 6名
第1576回 8月5日 池郷林道踏査と持経宿巡回 2名
第1577回 8月7日 行仙宿巡回 3名
第1578回 08月11~12日 持経宿管理、阿須迦利岳倒木処理(1名) 2名
第1579回 8月14日 行仙宿巡回 1名
第1580回 08月25~26日 行仙宿、小笠原氏一行接待(3名) 6名
第1581回 8月28日 深仙宿、伊富喜師追悼 1名
第1582回 9月13日 行仙宿、台風12号被害調 3名
第1583回 9月24日 行仙宿水場復旧 4名
第1584回 10月01~02日 吉野・竹林院 塩川正十郎先生卒寿祝賀会 71名
第1585回 10月18~19日 行仙宿犬走り舗装と擁壁補修(11名) 20名
第1586回 10月20日 十津川村見舞と白谷林道調 2名
第1587回 10月25日 花折塚周辺道標設定下見、行仙宿巡回 1名
第1588回 10月26~28日 行仙宿周辺巡回(4名) 8名
第1589回 11月3日 池郷林道調査 1名
第1590回 11月5日 行仙宿、発電機新旧上げ下ろし 4名
第1591回 11月9日 池郷林道崩壊地高捲径整備 2名
第1592回 11月12日 池郷林道踏査・ 1名
第1593回 11月14~16日 持経宿・平治宿の非常食交換と倒木処理’1名) 3名
11月15日 持経宿・平治宿巡回整備と高捲道整備 3名
第1594回 11月16日 世界遺産「吉野・大峰」地域連絡協議会 2名
第1595回 11月23日 行仙宿~笠捨山倒木処理(第66次刈峰行) 4名
第1596回 11月27日 花折塚周辺道標設定と倒木処理 3名
第1597回 12月4日 行仙宿~倶利迦羅岳と倒木処理(第67次刈峰行) 6名
第1598回 12月7日 奈良森林管理事務所訪問・協議 5名
第1599回 12月10日 行仙宿登山口バラス移送荷上げ 2名
第1600回 12月18日 持経宿・平治宿迎春準備、転法輪岳倒木処理 6名
第1601回 12月22~23日 行仙宿迎春準備、薪作り、忘年会(15名) 30名
実施59回    参加者76名 (他37名)  延べ456日
総    括  (玉岡代表)


平成23年
(2011)は、3月11、日東北地方沖に発生したマグニチュード9の大地震、大津波、そして原子力発電所の爆発、放射能汚染で大災害となり、国を挙げての懸命な対策、救済中。

今度は9月3日、紀伊半島に未曾有の洪水が発生して、熊野川をはじめ広く全域に大きな災害をもたらせました。我々の仲間にも大なり小なりの被害がありましたが、幸い人命は皆無事だったのは何よりでした。常日頃の交流のお陰で遠近各地から復旧に駈けつけて下さったり、救援物資をお届け下さったり、お見舞金まで頂戴して大いに助けられ、力づけけられたものでした。

 我々管理の山小屋は、安泰でしたが、これに通じる白谷、池郷両林道が崩壊するなど、持経・平治両小屋の維持管理が一段と不便困難となりました。一方、尾根筋の奥駈道は可成り風倒木が発生して、11・12月五度に亘って積極的に倒木処理に取組んで越年致しました。

23年度は、下記の通り特記事項がありました。

その一;近辺の未踏の山への開拓
    北山・禅舎ノ倉(Ⅲ:875.0m)) 12日と213日再度に亘ってアタック。
    西山・白倉山(736m)、玉置山(777m) 険しい山で今迄敬遠していたのを挑戦。

その二;地蔵岳鎖場の改修と葛川辻水場周辺整備
    地蔵岳は大峯屈指の難所で、曽って神戸の医師・米沢典之氏が何度も足を運んで、従来の番線をステンレス鎖にやり替えて下さったのであったが、20年の間に取付けた木が成長して鎖が幹に喰い込んだり、木株が枯れて危険な状態になっているところから、根本的に修復して、米沢医師の志を継承すると共に、葛川辻の水場径に手を入れて、水の採取の便を図った。


その三;熊野修験奥駈行の接待とサポート
    5月28日、大型台風2号接近を押して玉置山から前鬼宿間を強行されたのを行仙・持経宿で接待すると共に、太古ノ辻から前鬼への下山に途中の徒渉箇所が危険と、二つ石から地蔵峠
(閼迦坂峠)経由、深夜誘導して事なきを得た。この行事で行仙宿の発電機が故障していたところから、寝屋川市から参加の高橋康信氏が代りの発電機を調達せよと金20万円の寄進をして下さったり、高松市から参加の熊野古道奥駈修験の会(代表松岡定幸氏)から台風12号に依る奥駈道復旧に金15万円の寄進を頂いたものである。

その四行仙宿ソーラー発電の充実化
    
会友
:児嶋道夫氏の献身的な奉仕と彼の技術で更に充実し、光力も増し蓄電されるようになった。お陰で発電機のガソリン荷上げが軽減された。

その五;行仙宿周辺整備で環境一変

    山小屋下、水場径への一帯の下刈り、枝打ちや管理棟下斜面の笹刈り、山小屋東窓下の擁壁積み、犬走りの舗装、行者堂下の浦向道擁壁の補修など一連の作業で小屋周辺の環境は一変した。これには、舗装に要したセメント、砂、バラス等多量の荷上の影の力が見逃せない。

その六;台風12号被災者復旧支援

    山上皓一郎宅の二階天井近く迄の浸水をはじめ、数名の仲間は床上浸水に及んでタタミ、建具、電気器具、はては車3台水没などの被害を受けて復旧が大変であった。いち早く関東から伊賀敷氏ご夫妻、伊藤 純氏、木村正人夫妻、関西から関本俊雄氏、乾 克己氏、瀧本昭太郎氏、横山義彦氏、森川 全氏らが、近くは川島、前田、松本夫妻、榎本、奥村各氏らが復旧に、茂原 治氏は幾便もの救援物資を届けて下さりその上、大勢の個人、団体からお見舞金を頂くなど、手許不如意の折柄、各位の友情に感激したものだ。これひとえに不断の交流の賜物であったと受け留めている。

その七;大峯の台風被害対策
    3軒の山小屋は安泰であったが、白谷、池郷両林道は崩落などで不通になり、取敢えず池郷林道崩壊箇所の高捲径を整備することから始め、五回に亘って奥駈道の倒木を処理して、来季の来山者に備えた。

その八;名誉会長:塩川正十郎先生の卒寿祝賀会
    我々如き新宮山彦ぐるーぷに塩川先生という大物が入会頂いて、内外に磐石な重石を利かせて頂いている。先生は10月13日、満90才を迎えられることから、お忙しい先生の日程を割いて頂き、10月1日、吉野山・竹林院で卒寿をお祝いさせて頂いた。71名の御協賛を頂いて盛大であった。

その九;日本山学会・秩父宮山岳賞の審査を受ける

    一昨年(平成22年)5月17日、18日、日本山岳会集会委員会15名の一行を行仙宿に迎えて交歓のひとときを催したところ、一行の石岡慎介氏をはじめ皆さんいたく我々の取組みに感動して下さり秩父宮賞に該当すると、精力的に資料をまとめられて審査委員会に働きかけて下さったのである。残念ながら私からの資料作成に力不足があって、入賞には至らなかったが、日本山岳会の中枢の方々に、我々の取組みが高く評価して頂けたことで充分と当の石岡氏や山彦の仲間に感謝している私です。